旧ビッグモーターの保険金不正請求や企業向け保険料のカルテル、親密な保険代理店を介した情報漏洩など問題が相次いだ損害保険業界。競争環境をゆがめた慣習から脱却し、ビジネスモデルを変えようとしている。損保大手の3トップに出直し作業の進捗や展望を聞いた。
1.東京海上ホールディングス(HD)小宮暁社長は日本経済新聞の取材に「保険事業を再定義し新たなサービスをつくる」と強調した。主な発言内容は次の通り。
- 2024年11月に建設コンサルティング大手のID&Eホールディングスの買収を発表
東京海上グループとID&Eで新しいサービスをつくる。ID&Eは建設コンサルティングや都市空間事業、エネルギー事業を手がけており、これまで防災や減災の領域で協力してきた
(事故や災害が起きる)事前と事後のサービスを同じグループ内で一気通貫で手がけていく。保険金の支払いや維持管理までグループで一体感を持ってやれるようにしたい。
- 人口減少に伴う国内市場の縮小、保険会社には新しいビジネスモデルの構築が必要
東日本大震災の経験から保険だけでは顧客を守れないと思ってきた。日本には、防災・減災やヘルスケア、ネットゼロ(温暖化ガスの実質排出ゼロ)に向けて社会がどう移行するかといったテーマがある。
東京海上は保険を再定義し、社会課題を解決する新しいサービスをつくっていく。伝統的な保険が経営のど真ん中だが、新しいサービスもど真ん中にある。東京海上は顧客にとってのソリューションパートナーになりたい。
社会課題の解決を通じて顧客のロスレシオ(損害率)が低くなれば、保険料を安くしたり、インフレ下でも安定的な保険料で提供できたりするかもしれない。そうすれば顧客を増やしたり、サービスをつくったりすることができる。
- 政策保有株式の売却、手元資金を何に振り向けるか、ソリューション事業の重視
M&A(合併・買収)も含めて、すでに進出している国・地域以外に出て行くつもりはある。成長できるマーケットがあればやっていきたいし、既存事業についてもリスク分散を図っていく。ソリューション事業や新規事業も立ち上げたい。ソリューション事業は簡単にまねができない。
- 「保険さえ入れば安心」に迫る限界
保険業界では災害などによる経済的損失と実際に保険で補償される額に差が生じる「プロテクションギャップ」が課題になっている。大規模災害に対応するには保険金の支払いだけでは限界があり、被害を最小限に抑えるための備えや復旧を早めるサービスの需要が増す。保険だけでは安心できない時代になった。
東京海上HDが保険だけでなくソリューション事業も重視するのは、こうしたギャップが広がることへの危機感もある。中核損保の東京海上日動が約20年ぶりに法人営業の部署を再編するのはその表れだ。4月から業種ごとに番号を振った縦割りの「ナンバー部」をなくし、担当がわかりづらかった相談にも対応できるようにする。
2.MS&ADインシュアランスグループHDの船曳真一郎社長は「政策株の売却で得た資金をつかって運用する力を高めていく」と述べた。事業投資にも振り向けていく。
政策株で得ていた配当以上の運用益を出せるように体制を強化したい。運用だけではなく、事業投資にも資金を回す。持続的なパフォーマンスを得られるような領域に投資をしていく。
また企業風土を抜本的に変えるために、保険金の支払いと営業部門を適切に分け、社内でけん制機能を強めたり、法務に対する社員のリテラシーを高めたりすることが必要。内部監査やコンプライアンス、法務部門など「2線・3線」と呼ぶ部門を強化する。
保険会社としてどう価値を提供するかには大きく3つある。まずリスクマネジメントの提示力・提案力だ。次に企業が必要とするリスク量をどう担保して引き受けることができるのかという資本量だ。3つ目はいくらで引き受けることができるのかという価格力だ。これらを実現するために投資をしていきたい。
3.SOMPOHDの奥村幹夫社長は重点領域としてヘルスケアを挙げた。同社は2024年にRIZAPグループへ出資するなど、心身の健康を支えるウェルビーイング事業を経営の中核に置く。
奥村氏は「自分の健康に関心を持ち、よくしていくための仕掛けやインセンティブづくりが重要」と述べた。人工知能(AI)などをつかって、顧客が必要としている商品を迅速に出していく必要性にも触れた。
主力の保険商品の引き受け収支の黒字確保は業界共通の課題だ。中でも自動車保険は部品の単価や修理費の上昇が響き、収支が悪化している。
奥村氏は日銀による継続的な利上げやインフレが進んだ場合に「年に1回のレート改定では後手に回ってしまう」と指摘した。保険料率を引き上げても顧客の納得感を得るためには、事業費の削減といった企業努力をこれまで以上に進めることが必要になる。
3社の2024年4〜9月期の連結純利益は計1.4兆円と前年同期の約3.3倍になったが、政策株の売却益が支えている。2030年度以降はこうした売却益が見込めなくなる。
損保は自動車保険だけでなく、災害の多発などで火災保険も収益が厳しい状況だ。潤沢な手元資金をM&A(合併・買収)に使いながら、いかにビジネスモデルを変えられるかは時間との勝負になる。