コンプライアンス対策を効率化し、不正防止の効果を高めようとする企業が増えている。三菱電機は品質不正問題を機に、社内監査の質問数を大幅に減らし、リスクが高い項目に絞る手法に転換した。イオン銀行は営業員の報告書チェックに人工知能(AI)を活用している。法改正や不祥事の度に増える社内規定や研修を負担に感じる「コンプラ疲れ」を解消する狙いもある。
(1)三菱電機の事例
三菱電機は2022年、社内のコンプライアンス体制の見直しに本格的に着手した。三菱電機の経営陣にとって衝撃だったのは、2021年の品質不正問題が「再発」だったことだった。3度にわたって徹底的に点検したのに、なぜ不正が見つけられなかったのか。再発防止策の機能不全や対応する中間管理職の疲弊などの問題も浮かんだ。やり方を抜本的に変える必要を痛感した。
たどり着いたのが社内リスクを調べ、重要な事象を優先して対応する「リスクベース・アプローチ」だ。本体の各部門や子会社に想定リスクを尋ね、リスクの高い部門や事業を特定して先に対応にあたるやり方に改めた。
また、本社の監査部門が行う監査・点検活動のスリム化を実施した。従業員への無駄な質問を省くことで、コンプラの実質的な効果を高める狙いがある。監査・点検で従業員に定期的に行ってきた質問を総ざらいしたところ、約2000問に及ぶことがわかった。法令で求められる質問を除く約1500問を精査し、約半分の約700問を削減することにした。
コンプラ強化を目指す企業は多いが、一方で社内ルールや研修の負担が業務を圧迫する「コンプラ疲れ」の問題も指摘される。
一橋大学経済研究所の森川正之特任教授が、政府の規制や社内、業界も含むルールが過剰だと思うかどうかについてネット上でアンケート調査を実施したところ、29.7%が「過剰感がある」と回答した。業種別にみると、金融・保険業(40.6%)や情報通信業(36.9%)で、過剰感が高かった。調査では、就労者全体で労働時間の約20%がコンプラ業務に費やされるとの結果も出た。森川特任教授は「コンプラ対応時間が半減すれば、計算上は経済全体の生産性が約8%上がる。十数年分の生産性上昇が見込める」と分析している。
(2)イオン銀行の事例
テクノロジーの活用でコンプラ業務の効率を高めようとする動きもある。
イオン銀行は2018年から、金融商品の販売で適切な説明がされているかどうかのチェックにAIを導入した。金融商品の販売では、販売担当者と顧客の面談記録を点検し「商品の銘柄を選定した理由」や「初心者向けの説明がされているか」などを確かめる必要がある。モニタリング対象の面談記録は月に約2500件に上るが、従来はコンプラ部門の担当者が手作業で精査していた。
このモニタリング作業について、データ解析支援の「フロンテオ社」のAIサービスを採用。チェック項目についてAIが点数をつけ、低スコアの面談記録を重点的に精査するよう改めた。チェックに費やす時間が約125時間から約50時間へと、6割削減できたという。浮いた時間はよりクリエイティブな作業に振り向けられるようになったとのこと。
ただこうしたコンプラ対策の絞り込みなどの動きは、まだ一部といえる。
企業不祥事の対応に詳しい国広正弁護士は、日本企業のコンプラ体制について「対策が複雑になりすぎている企業が多い」と指摘する。対策の漏れをなくそうと膨大なチェックリストをつくり、eラーニングを増やすといった例が多いという。「結果として社内ルールが負担となって業務が滞る事態も起きており、企業が競争力を落とす原因にもなりかねない。1つルールを増やしたら2つ減らすくらいでよい」と話す。
また、コンプラ対策に関する経営者の姿勢についても言及する。「これまで経営者は、生産性の向上に直接結びつかないコンプラ対策への投資に及び腰だった。だが不祥事が起きたときのダメージは計り知れない。コンプラ対策の省力化に結びつく投資は積極化すべきだ」と話す。