企業や自治体向けの共同保険(注1)の事前の価格調整問題で、東京海上日動火災保険など大手損害保険4社の不適切な取引が少なくとも100社以上に広がっていたことが判明した。
不適切な取引を常態化させていた損保の経営は厳しく批判されるべきだが、企業側で保険の中身を精査する専門人材が不足していた事実も見逃せない。
大企業の保険手配は一般的に「インハウス代理店(注2)」と呼ぶ自社グループの保険代理店を仲介役にする。インハウス代理店は親会社の余剰人員の雇用の受け皿という面があり、保険の専門知識を持つ社員は少ないケースが多い。損保会社から不適切な保険契約を提示されたとしても、それを見破れないのが実態だ。一部では旧財閥グループの株式持ち合いに合わせて契約してきた慣習が残る。「系列優先の慣行が自社のリスクに応じた適切な保険手配を阻んでいる」(外資系損保関係者)との指摘もある。
欧米の中堅以上の企業では、本社で保険手配を担うリスク管理の専門家「リスクマネージャー」がブローカー(保険仲立ち人)経由で保険を手配する。専門家の目線で保険を精査し、相場より高い保険料を払うのを防いだり、不必要な補償を省いたりする役割が期待できる。
だが、そんな企業も変化を迫られている。企業活動のグローバル化が進んだ結果、抱えるリスクはより複雑になっている。サイバー攻撃など新たなリスクも加わり、企業活動を継続する上でリスクを適切に管理できる人材の必要性は高まるばかりだ。
コーポレートガバナンス・コード(企業統治指針)の普及に合わせて企業間の株式持ち合いは解消が進んだ。外国人株主の比率が高まり、リスク管理についての説明が求められるようになった。
金融庁は20年から上場企業に対して、経営上のリスク情報や対応策を詳しく有価証券報告書に明記するよう求めた。21年施行の改正会社法により、役員賠償責任の内容や補償対象になる役員の範囲を開示するようになった。開示内容の充実に合わせて投資先のリスク管理を監視する株主の視線が強まった。
リスクが複雑化する中で保険の重要性は高まっている。適切なリスク管理が経営の根幹であるとすれば、専門家不在の状況を放置してよいはずがない。価格調整問題を損保だけの問題に終わらせないことが求められている。
(注1)共同保険
共同保険とは、リスク分散、あるいは保険契約者と損害保険会社との取引関係等の事情から、1つの損害保険契約を複数の保険会社が共同で引受ける契約形態をいう。
この方式では、個々の保険会社は自己の引受割合(シェア)に応じて、権利(保険料の収受)を有し、義務(保険金の支払い)を負う。
共同保険は再保険と同様に多数の保険者の間で危険を分散する方法であるが、再保険は複数の契約からなるが、共同保険は1つの保険契約を複数の保険会社が引き受ける契約である。
再保険では、元受保険会社が、自ら引受けた保険契約の責任の一部を他の再保険会社に移転する契約であり、元受保険契約と再保険契約は別の契約(複数の契約)となる。このため、再保険会社が破綻した場合には、元受保険会社がそのリスクを負担することになる。
一方、共同保険では、保険会社1社が幹事会社となり、各分担保険会社を代表して、契約者との契約交渉、申込書の作成や保険料の収受などの事務手続きや、保険証券の発行(代表証券という)、および保険事故の調査・処理にあたり、幹事会社以外は自己の引受け割合に応じて保険金を負担して支払う。(実務としては、幹事保険会社が分担保険会社分もまとめて保険金を支払い、分担保険会社から分担保険金分を回収することになる。)
このように、対加入者との関係において、再保険が、1保険会社(元受保険会社)のみが加入者と直接関係にたち、他の保険会社(再保険会社)は背後に位置するのに対して、共同保険では、すべての保険者が加入者に対して表面(直接の関係)にたち、かつ並立している。
(注2)インハウス代理店
特定企業と人的・資本的に関係がある関連企業が代理店業務を行っているものをインハウス代理店という。企業(別働体)代理店、機関代理店等とも呼ばれている。
形態としては、専門の代理店を設立しているもの(保険代理業を一事業部、あるいは子会社・関連会社として別法人を設立して営む)、既存の子会社が代理店を兼業するもの等がある。
取扱契約は、自社物件・従業員物件・関連会社物件、取引先契約等が他の代理店に比べて多いのが特徴で、そのため、「特定契約取扱代理店」に対する規制(注3)に照らし、不都合が生じないよう保険料の内訳比率等に常時気を配ることが必要である。
(注3)「特定契約取扱代理店」に対する規制
保険募集の公正公平を確保し、代理店自立化の促進と保険事業の健全な発展を期すために、代理店が代理店手数料分だけ保険料の割引効果を得ることを目的として、代理店と人的・資本的に密接な関係を持つ者(特定者)を保険契約者・被保険者とする契約を募集することは規制されている。扱保険料に占める特定契約の保険料の割合が50%を超える代理店を特定契約取扱代理店といい、これが30%を超えた場合には、すみやかに改善するよう指導すべき旨が金融庁の監督指針において定められている。