保険料率高騰に対処する多国籍企業 グローバル保険の内容再検討 別途ローカル保険調達およびキャプティブ活用でコスト削減も(「ビジネス・インシュアランス9月号」の掲載記事を中心に)
保険料率が高騰し、かつ保険引受キャパシティーがひっ迫しているため、多国籍企業の中には自らのグローバル保険プログラム内容を再検討し、一部の保険種目をプログラムから切り離して、別途競争見積もりを行って保険料コストを削減しようとする動きがある。
しかし、多国籍企業が全世界での活動で抱えるリスク・エクスポージャーをグローバル保険プログラムでカバーするのではなく、ビジネス展開している特定の国や地域において現地でローカル保険を調達することで、長期的にはかえって保険カバーのギャップが生じたり保険料が変動してコストがより不安定にもなるかもしれないと指摘する専門家もいる。
1.この点について、各専門家の見解
①シカゴにあるアメリカ大手保険グループ・マーシュで多国籍企業関連保険の責任者であるデイビッド・ラール氏
「グローバル保険プログラムは、概して最も効率よくかつ低コストで全世界のリスクを管理できる方法ではあるが、過去23四半期連続の保険料率上昇により、自らのグローバル保険プログラムを今までと異なった形に構築しなおすことを検討している多国籍企業もある」
「アジア地域を含めたグローバル保険プログラムを持つ多国籍企業は、日本などの国における地震エクスポージャーをプログラムから切り離して、保険料が比較的安い現地の保険を購入することでカバーする保険金額を増やそうと決断するかもしれない。アジア地域における財物保険料率の上昇はここ数四半期では2%程度である一方、世界のアジア以外の地域では4%から8%程度の上昇となっている。」
「保険料の地域差を有効活用しようとする顧客がますます増えてきている。」
②ロサンゼルスにあるアーサー・J・ギャラガーで不動産および飲食ホテル業分野のエグゼクティブディレクターであるジャレッド・ハンナー氏
「財物保険市場は、まだ保険カバーを取得するのが難しい状況にあり、保険引受キャパシティーはひっ迫し保険料も高騰しているが、それは特に大規模なカタストロフィ損害のカバーにおいて顕著である。」
「米国以外を拠点とする多くの多国籍企業は、特に米国所在リスクをグローバル保険プログラムのカバー対象から切り分けようとしているとし、そのような多国籍企業は、グローバル保険プログラムではカタストロフィ損害のカバーを取得できないため、米国の保険市場で保険カバーを取得することをいとわない。」
「もう一つの問題は、エクセス・アンド・サープラス(E&S)種目を提供する保険会社の何社かは、米国所在のリスクにしか保険カバーを提供できないことだ。時には、米国リスクをグローバル保険プログラムから切り離して高い金額の保険カバーを別途構築して、それとは別に世界の他の国・地域のリスクはグローバル保険プログラムでカバーするのがより合理的であることもある」
③ニューヨークにあるアクサSA傘下のアクサXL社で米州地域のグローバル保険プログラムとキャプティブのディレクターであるスティーブ・バウマン氏
「保険料の多寡を基準に保険カバーを切り分けるのは短期的には有利かもしれないが、しかし翌年もその保険カバーは入手可能なのかどうなのか。どの特定の年でも現地ローカル保険市場では有利な保険料が提供されるかもしれないが、それは束の間のことですぐにそうではなくなってしまうかもしれない。」
「リスクマネジャーは現地ローカル保険プログラムで提供される保険カバーと、全体が統合されたグローバル保険プログラムで提供される保険カバーの内容の両方を対比して精査するべきである。その理由は、保険カバーが一貫性に欠けることが起こり得るからだ。」
④ニューヨークにあるマックアンドリュース・アンド・フォーブスでリスクマネジメントと保険担当のバイス・プレジデントで、RIMS(Risk and Insurance Management Society Inc.)の役員でもあるマニー・パディーラ氏
「保険市場変動サイクルのある時点では、現地ローカル保険市場で保険を購入するのが安上がりのこともあるだろう。グローバル保険プログラムを付保するに際して、ある国・地域を切り分けたり、あるエクスポージャーを完全に除外したりして、それの保険を現地ローカル保険市場で別途購入するような状況は確かにある。しかしながら、グローバル保険プログラムの保険料相場は現地ローカル保険市場相場ほどには変動しないという反論もある。」
⑤バミューダを拠点とするアリアンツSE傘下のアリアンツ・コマーシャルでキャプティブ・ソリューション分野の全世界の責任者であり、北米地域の多国籍企業関連の地域責任者であるブライアン・マクナマラ氏
「グローバル保険プログラムの形で保険カバーを付保することで経済規模に見合った利益を得られる。世界の事業拠点間の保険料負担の分担方法につき、もう少し自由にできるだろう。もし仮にサイバー保険プログラムから特定の国や地域を除外すれば、それにより保険プログラムの保険料コストが上昇するかもしれない。」
「現地保険市場で提供される保険カバーの上乗せカバーとの意味合いのあるグローバル保険プログラムの形態にすることで、いっそう広い範囲のリスクをカバーする保険を勝ち取るべく交渉することもできる。
⑥ダラスにあるチューリッヒ・ノース・アメリカで米国商業保険の国際保険プログラム担当の責任者であるアンディー・ゾラー氏
「もしワールド保険プログラムでグローバル保険の購入者が、ある国でのリスクのために現地保険市場からローカル保険(underlying policy)を別途購入していた場合、その保険条件として、ローカル保険がマスターであるグローバル保険の下で(その国での保険事故発生時に)あたかもグローバル保険プログラムの構成要素の保険であるかのように最初にカバー発動される保険として機能すると記載されていることが多い。」
「例えば、ある保険契約者がメキシコで保険金額50万ドルの賠償責任保険を購入し、同時に100万ドルのカバーをマスターであるグローバル保険で付保していても、二つの保険が連携した形でグローバル保険プログラムが設計されていなければ、50万ドル分の保険カバーのギャップができてしまうかもしれない。保険購入者としてはそのような状況に置かれて保険カバーにギャップがあるのではないかと心配したくない。私なら一つの保険プログラムで全て統合されていることの方を望む。」
⑦シカゴにあるHDIグローバルSE傘下のHDIグローバル・インシュアランスでアンダーライティングの責任者であるマルコ・ヘンゼル氏
「もしローカル保険がマスターであるグローバル保険と異なった保険条件である場合は、マスターグローバル保険では『保険カバー条件差およびてん補限度額差異を埋める保険カバー条項』(difference in conditions and difference in limits clause)が発動してその差が埋められる。
2.キャプティブの活用
多国籍企業は彼らのグローバル保険プログラムと並んでキャプティブをますます活用しており、それにより子会社をまたいでの保険カバーの統合とリスクに対処するための全体コストの削減を行っていると各専門家は次のように述べている。
①コネチカット州ノーウォークにあるマーシュ傘下のマーシュ・キャプティブ・ソリューションズのマネージングディレクターであるマイケル・セリッチオ氏
「キャプティブを設立する多国籍企業の数は増えてきており、それはアジア大洋州やラテン・アメリカ地域を含んでの話だ。」
「米国や他の国ですでに生じた『保険料が高騰し保険カバー取得が困難なハード保険市場』を遅れて経験したいくつかの国では、現在キャプティブの設立を検討し始めており、そのことはキャプティブ業界をいっそう成長させる動きとなっている。」
「キャプティブは、例えばチリなどの小さめの国で現在設立されつつある。」
②バミューダを拠点とするアリアンツSE傘下のアリアンツ・コマーシャルでキャプティブ・ソリューション分野の全世界の責任者であり、北米地域の多国籍企業関連の地域責任者であるブライアン・マクナマラ氏
「サイバー保険、フィナンシャル保険、および役員賠償責任保険が多国籍企業のキャプティブで引受けが伸びている保険分野だ。」
「特定の保険種目での保険料の高騰と保険引受キャパシティーのひっ迫によりキャプティブ業界の成長が支えられている。」
③シカゴにあるHDIグローバルSE傘下のHDIグローバル・インシュアランスで米国キャプティブソリューショングループの責任者であるジェイソン・ティング氏
「キャプティブも同時に利用したグローバル保険プログラムにより、複数の国をまたいだコンプライアンスを強化でき、企業は能動的にリスク管理ができる。」
「もしある企業が十分に高いレベルのリスク許容性を持っている場合は、混乱しつつある保険市場で保険料が上昇した保険の購入を、キャプティブを活用してリスク保有を増やすことで少なくし、それにより減少した保険料コストをうまく別途活用できるだろう。」
④ニューヨークにあるアクサSA傘下のアクサXL社で米州地域のグローバル保険プログラムとキャプティブのディレクターであるスティーブ・バウマン氏
「国境をまたぐエクスポージャー、例えばサプライチェーン関連の懸念などは、増加しつつある。多国籍企業はサプライチェーンに関連する営業中断リスク(Business interruption)を理解しようと努めている。なぜならそのリスクは彼らの全世界的営業活動に関係しているからである。」