東京海上ホールディングス(HD)は累計2兆円のM&A(合併・吸収)を実行し、利益全体の海外比率を2000年代初頭の数%から足元で50%に伸ばした。成長を海外に求め、投資家からの評価は高いものの、国内外の自然災害の多発や、インフレによる保険金の増加圧力という逆風にさらされている。古宮社長に保険ビジネスの展望やグローバルな金融機関との競争について聞いた。
<災害多発に地政学リスクと事業環境の激変>
「22年度もロシアによるウクライナ侵攻があり、国内ではひょう災などの自然災害があった。米国では過去2番目くらいの災害規模になるハリケーン「イアン」があった。まさに事業領域が広くなると、何があっても他人事ではなくなっている」
「今、取締役会でも議論しているのは、100年に一度のティッピングポイント、つまり重大な変化が起きる転換点にいるんじゃないかという危機感で立たないといけない。今のままのビジネスモデルだと収益成長に結びつかない」
「日本の大きな社会課題として人口減少がある。労働人口が減って超高齢化する。自然災害も多く、激甚化も進む。脱炭素化は産業や保険のありようも変える。その中でテクノロジーの世代交代が一代二代と起こる」
「保険商品も自動車保険が長い目で見ると変わり、新しい商品が出てくる。何十年か先に顧客がどうやってモノを買おうとするのか。その時に保険がどういう商品構成になっているのか。そこに今の状況をバッチリ合てはめると、ものすごいギャップがあるんじゃないか」
「テクノロジーの進展や人工知能(AI)の発達によって他業界から保険への参入障壁が高いか低いかという議論があるが、『大丈夫だよ』とはならないんじゃないか。商品面も販売面もビジネスモデル自体も危機感はものすごく大きい。新しい価値提供に挑み、テクノロジーを使って新しい事業を立ち上げていく」
<東京海上はグローバル化で先行、修正自己資本利益率(ROE)は22年度予想で13.3%、どう評価するか>
「まだ海外損保大手にROEで劣後している。独アリアンツやスイスのチューリッヒ保険グループ、仏アクサは13~17%くらいだし、今後、もっと上がるかもしれない。15%や16%といった静的な目標を掲げるのではなく、世界トップクラスの収益成長を果たしてボラティリティーを抑え、明確に彼らのROEステージに上がりたい」
<PBR(株価純資産倍率)は1.5倍前後で推移している>
「当社も20年前は1倍を若干下回っていた。損保業界、銀行業界という話ではない気がする。国内損保の収益改善も本格化させ、08年にIT(情報技術)を導入する業務抜本プロジェクトで先手を取った。もっとも欧米損保のPBRはうちよりも高い。今のPBRには全然満足していない」
<改革のスピードは>
「もともと東京海上はいろいろなことにリスクをとって先手を打ち、仮説を検証し、失敗しながら挑戦してきたが、まだ実行力は全然低いし、海外と比較してスピードはメチャクチャのろいと思う」
<足元で欧米損保との差はどこか。政策保有株について>
「政策株も全く意味がないとは思わないが、欧米にはない一つの特殊な要素であるのは事実。東京海上は20年前から7割以上を売却したが、(株価が上昇して20年前と)時価は一緒。株価は非常に変動するので、資本を政策株に充てるのはリスクが大きい。今後も削減し続ける」
<政策株に代わる資本の使い道は>
「社会課題解決と収益成長の両輪を回すため、新しい事業投資と成長投資に充てる。中期的に成長が見込めない事業は売却し、ポートフォリオを入れ替えて質を高める。22年は英キルンが建設工事保険を扱う米保険代理店を売却した一方で、カナダで新拠点を展開した。大型のM&Aもあるかもしれない。バリュエーションが高すぎるので今は我慢と思うが」
<再保険価格の見通し>
「今の再保険マーケットは非常に厳しい。まず災害多発により再保険会社は相当量の資本を回収されている。さらに金融引き締めで新しい資本の流入が滞る。保険リスクを自分で保有するのか、再保険にかけるのか。500年に一度の激甚災害が来る地域は再保険をしっかり手配する一方、10~30年に一度の災害は経済合理性で判断する」
<インフレで修理費や賠償額が増大、支払保険金への影響は>
「海外は本当に注意してみないといけない。新型コロナウィルス禍で裁判が閉じていたけど、再開し始めている。今は保険金支払いの準備金を適正に保守的に積めているし、保険料引き上げや引受条件の見直しもできている。でも、海外はハード化がもう少し続く。先行きに油断してはいけない」