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AIが守る保険 宇宙から大災害監視

<日経新聞2019年12月17日「デジタル金融の激震(3)」記事要約>

 

人類の経済活動とともに発展してきた保険が転機を迎えている。かつてない頻度で大規模な自然災害が起き、従来の保険ではリスクを吸収しきれなくなってきた。地球規模で広がる新たなリスクに立ち向かうには、「被害後」に対応するだけでは不十分だ。人工知能(AI)や人工衛星を使って災害そのものを予測し、減災につなげる取り組みが広がっている。

 

2019年10月の台風19号で、東京海上日動が開発した災害の被害予測システムが実際に運用された。

その仕組みは、宇宙を飛び交う無数の人工衛星から日本の上空を通過する衛星を選び、台風の被災直後の画像を入手。被災地の全容を把握する。自社の保険契約者の所在地と現場の状況を踏まえて、AIが被災した可能性のある契約者を割り出す。その上で、現地で被害状況を確認するもの。

台風に襲われた被災地は雲に覆われ、衛星ではハッキリした画像が撮りにくい。しかも浸水状況は刻一刻と変わる。東京海上日動は数百以上の人工衛星会社から、狙った時間、場所の写真を手に入れるネットワークを築いた。可視光では写らない場所を見通すレーダー画像も入手できるようにした。

その結果、台風19号による被害予測の精度は長野県の千曲川流域で8割程度に達した。混乱する被災地ではこれまで、被害の把握から保険金を支払うまでの実務に非効率さもあったが、最も困っている被災者に、いち早く的確に保険金を支払うことに繋がる。

このように、人工衛星とAIを使った新システムは、保険本来の機能を果たす上で欠かせない手段になろうとしている。

 

損害保険各社は自然災害の事後対応から予測や減災に軸足を移そうとしている。各社が連携を加速するのが、保険とIT(情報技術)を融合させた新興の「インシュアテック」企業だ。

三井住友海上火災はエイアイアール社と組み、台風など日本に特化した災害の予測モデルを開発している。火災保険契約のデータをもとに国内の家屋に使う材質の情報などを加味し、過去の被害事例を踏まえた現在の手法から予測の誤差範囲を20年度にも3分の1にする。

 

災害が起きたときに、どの地域にどんな被害が広がるのか。損害保険ジャパン日本興亜は米スタートアップのワン・コンサーンと組み、予測モデルを開発する。自治体ごとに建造物のタイプや過去の降水量、災害による被害など150種類以上のデータをAIで読み込み、減災や防災に生かす。日本では20年度にも熊本市で提供を始める計画だ。

 

リアルタイムで被災建物数などを推測するウェブサイトを公開するのが、あいおいニッセイ同和損害保険だ。保険仲介大手の英エーオンや横浜国立大学と連携し、航空写真や気象情報、過去の被害件数などから即座に更新する。被害の出やすい「屋根」に着目し、AIが航空写真で5000万棟を分析。壊れやすい屋根を見分け、被害を予測する。今後は気象予測も使って、未来を見通すシステムに改良する考えだ。

 

2019年12月にスペインで開かれた第25回国連気候変動枠組み条約締約国会議(COP25)で、相次ぐ自然災害を受けて、各国政府や企業に温暖化対策を求める声はさらに高まった。地球規模の災害は保険会社だけでは対応できない。国や自治体、企業を巻き込んで減災や防災力をどう高めるか。膨大なデータで予測力を高める保険会社は、リスクそのものを減らすディスラプション(創造的破壊)の起点になろうとしている。

 

大航海時代と海上保険、産業革命や都市化と火災保険、モータリゼーションと自動車保険など、人類は経済や社会の発展にあわせて、事故や災害のリスクを分散する保険を発明してきた。今世紀に入ると、サーバー攻撃によるお金やデータ流出への保険、ドローン飛行中の事故への保険など新種のリスクに対応する保険の裾野が広がる。

 

その保険を持続させるにはリスクに見合った保険料と、被害に遭った際の保険金の精緻な算定が欠かせない。現在の保険の基礎を理論で裏付けたのは17世紀以降の数学者たちだが、現代の保険は相次ぐ大規模災害に対してまだ明確な解決策を見いだせていない。

17世紀の数学者に相当するのが、21世紀のインシュアテックかもしれない。新時代のリスクに挑むスタートアップには、人もお金も集まる。インシュアテック企業が調達した資金は右肩上がりで増える。2019年は9月までで43億ドル強と18年の年間実績(約39億ドル)を上回り、過去最高になった。活躍するのは気象学者やデータサイエンティストらだ。

 

有史以来、経済活動のうち保険でカバーされない「プロテクションギャップ」は縮小してきたが、今後も大規模な自然災害が続くようであれば、再び広がりかねない。地球規模のリスクである温暖化は、「無保険」の拡大と隣り合わせといえる。定常的に山火事が襲うようになった米カリフォルニア州の場合、火災の被害を受けやすいとされる地域は保険への加入を拒否されたり、極めて高い保険料を提示されたりすることがある。日本の保険会社は「相互扶助」の精神を尊重し、料率の引き上げはしても保険の引き受け拒否には慎重だった。災害が多発するいま、保険本来の機能を保てるか正念場を迎えている。

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