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〈東京海上日動の海外戦略〉出典:日経ビジネス10月31日号「東京海上、内弁慶返上 M&A規律保ち海外で成長続ける」

 東京海上ホールディングス(HD)が海外保険事業を急拡大させている。20年前、グループ全体の利益に占める海外事業の割合は数%にすぎなかったが、2022年3月期、同社の災害発生に伴う保険金支払いに備える「異常危険準備金」の影響などを除いた「修正純利益」は前の期に比べ約45%増の5783億円だった。そのうち2523億円(2523億円/5783億円=44%)を海外事業で稼ぐ。前の期比で海外事業の増益幅は2.75倍にも上る。

大型M&Aだけでなく、小規模な買収も組み合わせながら事業ポートフォリオを分散させ、安定成長を図る。

 同社が海外事業に本腰を入れ始めたのはおよそ20年前のこと。1996年の保険業法改正によって保険行政が「護送船団方式」から「自由化」へと大きくかじが切られた時期だった。

東京海上HDは日本市場の競争激化が予想される中、海外市場に活路を見いだし2000年、英領バミューダ諸島で再保険事業を一から始めた。

再保険なら東京海上HDの強固な資本基盤が生きる。加えて欧米の保険会社との取引を通じて、海外事業拡大に向けた経験を積むことができると考えた。並行して、保険市場が未発達で地理的・文化的な親和性があるアジアを舞台に小型のM&A(合併・買収)を繰り返し、元受事業も広げていく。

 2007年、本格的な海外事業拡大のための組織を再構築し「海外事業企画部」を新たに立ち上げる。そして2008年から買収攻勢が始まった。東京海上HDは世界最大級の保険市場を運営するロイズ保険組合を経由した保険引き受け事業に参入すべく、約940億円で英キルンを買収。返す刀で米損保のフィラデルフィアも手中に収めた。2012年には米生損保のデルファイ、2015年にはサイバー保険のようなスペシャルティ(特殊)保険業界の主要プレーヤーである米HCCを約8980億円で傘下に収めている。

 資金力にものをいわせた派手な規模の拡大、と思えば見誤る。重要なのは、東京海上HDが海外市場を深耕する意味を「事業リスクの分散」であると定義し、その軸を一貫して追求し続けた点にある。

 同社がいう「リスク」とはいう言葉には2つの意味がある。一つは地理的リスク。自然災害の多い「日本一本足」ではなく、海外事業を強化してそのリスクを軽減しようということだ。

 そして、もう一つは商品構成が偏るリスクである。日本の損保業界の圧倒的な主力は自動車保険だ。だが、海外でも自動車保険に注力していては、自動運転の台頭などといった世界的な市場環境の変化への耐性が低いままでリスクの分散にならない。それを防ぐために、多種多様なスペシャルティ保険をそろえながら事業を拡大していく。

 その軸を決めた上で、買収を進める上での「3原則」を設けた。

 ①「高い収益性」。スペシャルティの場合、保険料収入に対する保険金や経費の比率(コンバインドレシオ)が90%前後に収まっているかどうか、というのが一つの基準となる。

 ②その収益力を中長期的に維持できるだけの「強固なビジネスモデル」を持っているかも欠かせない視点だ。

 ③そして重要なのが「カルチャーフィット」。すなわち買収先の企業文化が自社とマッチしているかどうか、だ。保険料収入の増加を重視するのか、あるいは利益重視なのか、その上で保険引き受け(アンダーライティング)に関する姿勢はどうか。

 あくまで東京海上HDの海外M&Aの狙いはリスクの分散にある。市場内での会合などの機会も活用しながら、対面での面談を重ね、この点で価値観を共有できるか確認する。

投資銀行などによる案件の持ち込みから交渉が進んでいくケースは「ほとんどない」(長沼聡史執行役員)。足を使って買収先に目星を付けていく。

 情勢変化があれば、それに合わせて適宜構成を見直し、事業売却もいとわない。15年堅持するM&Aの「3原則」がその決断力を担保している。

 2018年から米デルファイの社長兼CEOを務めるドナルド・シャーマン氏は東京海上HDの副社長の一人。デルファイは生損保兼営の子会社だが、一番の強みは東京海上HDに欠けていた資産運用のノウハウだった。現在はシャーマン副社長の指揮の下、グループ各社の資産運用を一部デルファイに委託するなど、資産運用収益を拡大すべく動く。

 HCCのCEOを務めるスーザン・リベラ執行役員は「グループ各社は互いに共有できる独自のスキルや経験がある・(東京海上HDの)執行役員の役割はそれを共有して知識を広げ、新しい洞察を得ていくことだ」と話す。買収先の経営人材を最大限活用すべく、適切な人材配置を進めていけるかが事業拡大の一つの鍵だ。

 事業面のシナジー創出も欠かせない。HCCのマイケル・シェル社長は東京海上HDに傘下入りした利点として「(同社の)強固なバランスシートやビジネス機会の増加」などを挙げる。財務基盤が強固な東京海上HDの傘下に入ると格付けなどを通して信用力が上がり、事業拡大が進めやすくなるメリットがあった。その結果、HCCの保険料収入は買収後の6年間で7割も増えたという。

 スペシャルティ分野の中でも代表的な商品と言えるサイバー保険は、HCCとキルン、そしてアジアなどの現地子会社が組んで商品展開を進める。東京海上HDは2018年に豪IAGのタイ・インドネシア事業を400億円強で買収するなど、今後はアジアを中心とした新興国市場に再注力する考えだ。欧米流のスペシャルティを発展途上の市場で浸透させられるかも課題となる。

 東京海上HDは主に大型の買収先に対し、役員を送り込むだけでなく「リエゾン」と呼ぶ現地経営陣の横について本社との間に立つ人材、実務をこなす中で買収先のノウハウを学ぶ駐在員を派遣する。

 東京海上HDは経営に関与するものの、執行は現地の経営陣に任せるとのスタンスを貫いている。一方で「現場レベルで(執行を)モニタリングする事も必要」とし、現場をモニタリングさせつつ、欧米の経営の現場を体感させ、次世代のグローバル人材を育てることも重要としている。

 今や海外事業をもう一本の「大黒柱」に育てた東京海上HDだが、事業拡大などの面では独アリアンツや仏アクサ、スイスのチューリッヒ保険グループなどの世界大手の背中はまだ遠い。本当の意味で世界の保険市場に伍(ご)していけるのか。真価が問われるのはここからだ。

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